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【コラム③】初対面で職業を聞くのは失礼だ

日本では初対面で相手に自己紹介する場面で

「〇〇太郎と申します。職業は〇〇をしており、ここへは~で参りました…」というように

職業がセットになることが多い。

1対1でも、話の中で「何をされている方なんですか?」

と聞かれると職業のことになる。

 

私はインディーズミュージシャンとしてライブハウスで歌ったりしていた時、

それとは全く関係の無い集まりの中で、ある年配の男性に

「普段、何されていらっしゃるんですか?」と聞かれ、

「ライブハウスなどに行って歌ったりしています」

と答えると、

 

「でも職業ではないんでしょ?」

 

と言われたことが結構ありました。職業じゃないんだからそれは正式な回答とは呼べない、

とでも言わんばかりの言い方で、こちらもついつい

 

「職業ではありませんけど…」

というと、「お仕事なにされてるんですか?」

と更に聞いてくる。

 

「派遣社員で、テレホンオペレーターをしています」

と言うとようやく納得したように、

「あーそうなんですかぁ」

と言い、会話は終了する。

 

え、終わり?この流れ、いるのか?

と思わずにはいられない。

 

私が何の仕事をしているのかを把握することが彼にとって

そんなに重要度の高いことだったのだろうか。

しかも聞いておいて、そうなんですかぁ

と一言だけコメントって、一体何の意図があるのか不明瞭なままだ。

 

私はこの行動にこんな意味があるのではないかと勝手に

結論づけている。

職業によって、その相手が自分よりも上か下かを判断する材料に

しているのだろう。と。

 

単純にミュージシャンなどをやっている人が普段どんなことをして

収入を得ているのか気になった、という理由もあるだろうが、

それだけの理由とは納得しがたい。

 

現に、職業を言うと、あからさまにその後話しかけてこなくなる

人も少なからずいる。

 

そういう風に考えている人が多少なりとも居るから、

『ニートとかいうクズ』という2chのスレッドを見かけるのだろう。

(私はニートをクズだとは思っていないが)

 

相手の職業で自分と対等に扱うべき人間か、それとも適当に

自分の子供にするように下に見て扱ってもいい人間か、

それを無意識に選別するための一言になっている気がする。

 

 

『フランス人は10着しか服を持たない』の中で著者のジェニファー・L・スコットが

フランスでは、初対面の人に職業を聞くのは失礼にあたる

と書いていた。更に

その代り、最近読んだ本は何ですか?等と聞き、教養の会話をする

とも書いていた。

 

これが日本でも浸透してくれればいいのに。と思う。

私も人と内容の無い話をしたくないと思うタイプなので、

よく久々にあった人に最近読んだ本の話をするのだが、

 

「すごいねー、そういう本読んでるんだ」みたいな回答が多い。

更に、「私はあんまり活字が得意じゃなくて…」

と誰にする必要もない言い訳を始める。

 

私は初対面の人に職業を言いたくない。

自己紹介の時なども、わざと何をしているか言わない様にしているし、

初対面の人に自発的に職業を聞かないようにしている。

そもそも、なぜ職業を言わなければならないのか。

 

例えば、HPを作ったはいいが、うまくできない部分があって困っている人が

いるとする。

それに対し私が「職業はプログラマーです」

と答えたら、職権を利用して「どうしてもこれができなくて~ちょっと見てくれない~?」

などとスマホを無理矢理押し付けてくるかもしれない。

 

現に家庭教師をしていると初対面の女性に話してしまったばっかりに、

その後何度もタダで息子に勉強を教えてほしいと迫られて参ったことがある。

 

それなら私は職業など言わないし、知りたくもない。

仕事に関する集まりだったら職業を名乗ることが重要とする局面もあるかもしれない。

しかし、私の場合は少なくとも職業など関係ない集まりばかりだ。

 

フリーターと心理学の先生が居たら、心理学の先生にアドバイスを求めるだろう。

だが先日、心理学の先生に何かを辞めることについてフリーターの私はアドバイスをした。

それは大変喜ばれた。

心理学の先生にだって決められないことや辞められないことはある。それについて悩むこともある。

 

人には一長一短あり、時にはフリーターの方が建設的な意見を持っている場合がある。

だからこそ、職業ではなく人で、判断したい。

その人がどういう職業についている、というのは知らないで、

どういう人間なのか、それを判断しなければならないし、

人対人にはそれが大切だと思っている。

 

私はどんな仕事をしている人なのかな?と思いつつ話をするのもまた面白いと思う。

それが相手への興味のきっかけになるからだ。

相手に興味がないと、その人と会話したいとはあまり思わないだろう。

しかも人は、秘密にされるとそれを知りたい、理解したい欲求が生まれ、

より相手へ興味を持てる。

 

仲良しのおじさんが教育長のかなり偉いおじさんだと知った時も

すでに1年以上そんなことも知らず、相手と興味のある本や世の中のことなど

色々話をして親交を深めた後だったので、そんなことはどうでもいいと思った。

 

だが、先に知っていたらどうだっただろう。何か発言をする時に、

こんなお偉いさんにこんなこと言って馬鹿だと思われないか…

とか失礼にあたるかも…とか色々考えて今のような友情は育めなかったかもしれない

 

こういった経験が、聞いてしまってその後の関係に影響が出るなら

職業なんか知らなくていいし、言いたくもない。今後も人に自発的に聞かない。

という考えに至らしめているのだと感じている。

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