【毒親】大学なんか行くんじゃなかった。奨学金なんか借りなきゃよかった
2017年1月27日金曜日
こんにちは、あかたむです
中学生の私は、将来の職業を貪欲に求めていました。
自分が将来何をしたいのか。何になりたいのか。
後悔しないように、中学生から、きちんと
目標を定めて、早くから動き出せばいい。
そしてお金持ちになりたい。こんな極貧生活から
脱出したい
そう思って毎日悩んでいました。
医者になりたいけど、どうやら頭がそんなによろしくない。
「小説家っていいな。」
と思ったら朝4時半に起きて、
ひたすら小説を読み、分からない言葉は辞書を引き、
その言葉と意味を転記した紙を貼ってました。
小説家になったら、難しい言葉を使いこなす必要があると
判断したからです。
「歌手もいいな。」
と毎日歌を歌っていました。
これは単純に好きだったからですが。
「本に出てきたICPOってのもいいな」
でも結局は自分では何も決められなかったのです。
すでにこの頃には母親の洗脳は完成しており、
何をするにも母に『正解』を聞かないと不安で動けなかったのです。
「高校は公立に行きなさい」
「塾行きなさい」
「習い事しなさい」
それ以外にも母は日常生活も命令をたくさん発し
私を縛り付けたので、
高校になっても私は自分が何をしたいのか、
何ができるのか
さっぱりわかりませんでした。
こうしたい!と思うものができても
どういう方向に努力していけばいいのか分からない。
「自分のために投資する時間って無駄だよな。それなら人のため(=親のため)
正解があるもののために時間を使いたいな」
そんな感じで、大学受験です。
私はもうその頃には歌手になりたいと思っていて
(親が唯一いくつになっても褒めてくれる特技だったから)
「うちはお金もないし、大学行かない。東京行って歌手になる!」
というと、母はもちろん大反対。子供が自分の意思で成功しようとするのなんか、
阻止する対象です。彼女にとってはNGワードだった訳です。
絶対許してくれなさそうなので、仕方なく東京の大学に通うことにしました。
すると母は「奨学金借りなさい」
と当たり前のように言い、私も仕方ないよな。お金ないし…と高校の時に奨学金の手続きをしました。
入学時特別増額金というのも併用し、入学金の納入も済ませ、
東京での大学生活がスタートしました。
実際、大変でした。
朝6時からバイトをし、9時から大学でフルで授業を取り、
終わったら軽音サークルに出、オーディションで合格した東京の音楽事務所に通う
こんな生活でした。
なぜか大学では友達ができず、一人暮らしもあって、寂しい思いが募ります。
そこに母から毎日の電話攻撃
「あかたむが居ないと仕事と家のことと大変だわ」(←家政婦が居なくなったようなもんだしね)
「お母さん寂しいわ~」
「今日は息子2人と外食してきたの~」
と言われ、里心がついちゃうから、電話してこないで!と
強く言っても無駄。次の日にも電話をかけてきます
私はすっかり帰りたくなってしまい、
折角一人で頑張ってやっていこうと思ってるのに、もう少しやらせてほしいのに、
邪魔してくるんだろう。。。
と思いました。
朝の仕事では一人暮らしが難しいので、深夜のバイトに切り替え、
奨学金でなんとか授業料をねん出しようとしましたが、
使わないまとまったお金がある状態は、母にとってはいいカモです。
私の奨学金は結局、半分以上母に使い込まれ、
3年目から実家に呼び戻された私は、夜間の大学に編入したのに、
授業料の2倍の金額の奨学金をもらい、その金額をまるまる
母親に使い込まれていたのです。
私は今それを返済するのに追われていて、
これさえなければどんなに楽だろう…
と何かあると思います。
東京に行って、大学に行かずにバイトしながら
生活してたら、今こんな風に
奨学金の返済に追われることもなかっただろう。
そう思うと、自分が自分の意思で決定できなかったということ
に激しい悔しさを覚えるのです。
ただ、救いとも呼べるのが、
今、彼と同棲していて、彼は私のやることを
何でも応援してくれ、転ばぬ先の杖になろうとしたりすることも無く、
ああだこうだと操縦しようとしてくることもありません。
自由にさせてくれます。
すると、不思議なことに、私は自分で色々許容できるようになってきたのです。
許容できると余裕が増え、やりたいことが自然と出てきました。
お金が無いので、工夫しなければ実現できない部分もありますが、
今は母と一緒に居ないので穏やかです。
お金の不安が無いのがこんなに心穏やかになるなんて
思いませんでした。
奨学金の返済が辛くて、後悔することもありますが、
今の生活は実家で縛られていたころに比べると
天国です。毎日幸せです。