【毒親】実家と絶縁して4年経った感想⇒絶縁は寂しさとの闘い②
2020年8月6日木曜日
訪問ありがとうございます
暑い日が続いていて、毎日アイス食べてます
お腹を壊しやすいので、常温の水を同時に飲みます
あかたむです
前回の記事の続きです
前回↓
家族を恋しいと思ったことは2度ある
毒親・毒兄弟から離れ
浄化をしながら
自分の幸せを追求することができるようになり
本当に良かったと思っていますが
この4年の中で
あんな毒家族を恋しいと思ったことが2度だけあります
- 1
実家と絶縁した年(同棲1年目)の正月にざき が泊まりで実家に帰り、一人きりの正月を過ごした時
- 2
ざき の両親から心無いことを言われ、私は後ろに親という大人の後ろ盾がない小娘だと思われていると気づいた時
この2回です
順番に解説していきます
一人きりの正月を過ごした時
実家にいた時も
私は一人で正月を過ごすことはありました
大学を卒業して兄が家を出てから
兄は正月に帰ってくるようになりました
一度兄がいない実家を体験してしまうと
兄が帰ってきたときのストレスが
以前より大きくなりました
兄の声が聞こえるだけで
体調を崩し、涙が止まらなくなってしまう
ようになっていたので
正月、兄が帰ってきたら
私は母親に24時間やっている
中古書店に行くとあらかじめ伝えておき
兄が帰ってきたら
コソコソ外に出て(見つかると嫌味を言われるから)
車で出かけていました
そして兄が帰ったと母からメールがくるまで
立ち読みをしたり
車に戻って横になったりをしていました
(夜なのでちょっとやんちゃな人たちが
駐車場でたむろしていて怖かった)
漫画が読めるのは嬉しかったんですが
起立性調節障害を持っているので
長く立ち読みができず
しばらくすると頭痛がしてきて
早く帰りたい…と思ってました
大体兄は前日に来て泊まっても翌日の午前中には
帰るので中古書店(+車内)滞在時間を
多く見積もっても12時間以内には家に帰れました
家に帰っても兄がまた来る
(例えば地元の友達と遊びに出かけたから
夕方にはもう一度寄る予定になってる、とか)
と聞くと
イオンに行ってました
(フードコートとかで座って時間つぶせるし
専門店街に行けば服も見れるし
本屋で立ち読みもできるから)
ざき と同棲する前に
毎年正月に兄が帰ってきたら
一人でどこかへ行っている
と ざきに話したところ
ざき
正月ざき の一人暮らししている家に、合鍵で入って居てもいいよ
と言ってくれたんですが
暖房代とかかかることを考えると
なんだか行きづらくて結局
イオンに行きましたw
そして同棲をして1年目の年越しで
ざき が元旦~2日まで実家に帰る予定になっていて
それは毎年やっていて
ざき のなかでは当たりまえにする行動なんですが
私はそれが寂しくてたまりませんでした
これから毎年、正月は一人で過ごすことになるんだ
それに慣れないといけないんだ
と思うとたまらなく寂しくて
一人で年を越すことを
やたら寂しく感じました
多分、比較対象ができたからだと思うんですが
自分よりずっと家族関係が良好な人が身近にいて
正月になると「家族」のもとに帰る
っていう図式が寂しさを掻き立てたんじゃないか
という気がします
ざき は実家に帰って
家族に囲まれて
明るい照明の下で
母親が用意してくれたご馳走を食べる
それに比べて私は
アパートの一室でたった一人で
明るいはずの照明もなぜだか暗く感じ
年末にざき と作ったごちそうですら
微妙に感じました
私も実家に帰れば
きっと母と祖母が作った料理があって
それを食べながら
明るい照明の下に居られる
(兄が来てるかもとか
確実に親から嫌な思いをするという考えは置いといて)
私も帰りたい…?
というか…
というか!
(2回言う)
これからずっと一人で年越しすることになるなら
同じように毒親から逃げて
友達もいない人達と
来年からは集まって年越ししたい!
と思いました
これナイスなアイディアだと思いました
(今でも毒親と絶縁した友達を
作りたいなと考えてますが
うまくいかないんですよね…)
早速この時、ネットでそれを書き込んだら
盛大に叩かれまして
即、心折れました
心折れた私が
正月に向かったのはもちろん
イ オ ン
安定の正月イオン
毒親から逃げても
正月には結局イオンに
お世話になる自分を客観視すると
すごい面白いと感じて
今だから言えるけど
少しだけ元気になりました
この日のことは当時の記事をどうぞ
その翌年の正月には
ざき にどうしても寂しいから
と無理を言って
正月には実家に帰らないでもらいました
(翌週に日帰りで帰ることに
してくれた)
悪いな…と罪悪感を感じましたが
ざき は仕方ないよ…と言っていました
(それが数年後には実家に帰らないと楽と言い出したので
ざき の両親には悪いとは思いつつも
ざき が楽なら良かったなと少し気が楽になりました)
大人の後ろ盾がない小娘だと思われていると気づいた時
さて、実家を恋しいと思った理由
二つ目です
結婚する時、苗字を私の苗字にする
とざき の両親に話した時に感じました
ざき の弟が数カ月前に結婚してるんですが
ざき の母親から聞いた弟のお嫁さんの話を少しします
弟さんのお嫁さん(長いのでA子さんとします)の家は
家族とっても仲良しで
父母ともに健在
まだ恋人として付き合ってた時から
A子さんのお父さんとざき の弟さんと
三人で一緒に食事をしたりしていたそうです
この話を聞いただけで
A子さんの後ろに、親の影をビシビシ感じます
本題に戻りますが
私とざき がざき の両親に結婚する際、苗字を妻側の姓に
すると伝えた時のざき の両親の言い分
「女性側の両親がどうしてもっていうならいいけど、
そうじゃないならダメ」
「女性が苗字変えたくないっていうなら(そんなこと言ってない)
内縁でいればいいだろ」
ちなみに、ざき の両親には初めて家に挨拶に行った時に
自分は実家と絶縁していて、親とは一切連絡とってないから
今後も家同士の付き合いはできません
と伝えてあります
その上でこの発言でした
「女性側の両親がどうしてもっていうならいいけど、
そうじゃないならダメ」
これは、私が実家と絶縁してることを知ってて言ってます
私の親がそういうとか、そう言わせることもできないと
知ってて言ってます
親とは絶縁してると知ってるのに、親のことを持ち出してきて
え?どういうこと?そんなことある訳ないじゃん
てか、言ってあるから、絶縁してるの知ってるはずじゃん?
と思いました
そして続けて
「女性が苗字変えたくないっていうなら(そんなこと言ってない)
内縁でいればいいだろ」
ざき の両親の中では
私(女性側)が苗字変えたくない!だからざき が変えて!
と言って譲らないわがままな女性という認識なのかな?
と感じました
現にざき は、お互い対等でいたいから苗字をあかたむの方にしたい
と説明しているのに、この発言が出てきました
そして私は「内縁」という言葉がひっかかりました
ざき(男側)の苗字になりたくないなら
(そんな女は)籍に入れず、「内縁」のままにしておけ
という言い方に感じました
私はざき に籍に入れてもらわないといけないような
「可哀そうな女」ではありません
ざき の父親から、女性蔑視を感じました
そして同時に思いました
先ほど話に出てきたA子さんが私の立場だったら
ざき の両親は同じことを言うだろうか…?と
A子さんには後ろに両親が居て、娘を大切に思っている
父親がいます
話を聞いただけでも感じたA子さんのお父さんという存在感は
ざき の両親だったらもっと感じるはずです
A子さんはまぎれもなく
「A子家のお嬢さん」
です
もし苗字をA子家の苗字にしたい
とざき の弟さんが言ったなら
ざき の両親は恐らく
少し話し合いをしようとか
提案したと思います
少なくとも私たちが言った時のように
話し合いすら拒まれて
失礼な言葉の数々を義両親から受けることは
ないはずです
よく、親に他者が「大切なお嬢さんをお預かりして」
って言いますよね
ざき の両親は私への
「大切なお嬢さん」
という認識が欠けていると
感じました
私はこの時、自分の後ろに親という後ろ盾がないと
こんなにも相手の両親に下に見られて
軽んじられるんだ
と初めて感じて、自分の親が後ろにいない
辛さを感じました
まとめ
毒親・毒家族つまり毒実家との絶縁後は
寂しさとの闘いが4年経っても続きます
また、義実家と付き合う中で
今回のように軽んじられて下に見られる
ということもあるかもしれません
しかしそれ以上にプラスの面が大きいので
絶縁してよかったと自信をもって言えます
(おわり)
この記事をSNSで紹介してね
結婚前に占いに行った話