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【毒親・毒兄】夏になると思いだすクソエピソード②/3

私の作る料理に対する兄の攻撃

の話の続きです。

 

兄には注意しない母

私はもう料理を作るのが嫌でたまりませんでした。

厳密に言えば、兄以外は喜んで食べてくれましたので

兄には作りたくない、兄に作るのは苦痛でたまりませんでした。

 

母にそう言っても

「兄弟なんだから助けあわないとダメだよ。

お兄ちゃんにも作ってあげなさい」

だった。助け合いってなんだよ。お前がちゃんと

息子教育しろよ。って感じですけど。

母は兄命なので、兄のそういった暴言に対して

咎めるとか、家事の分担を提案するだとか、

そういうことはありませんでした。

 

あんまりしつこく言うとキレだして

「そういうこと言うのやめなさいっ!!!

いい加減にしなさいよ!!」

と言われシャットアウトされました。

 

母親がそういう態度だからか、

兄は私を

奴隷、とか家政婦、とかあいつは家で一番下

というような発言が日常化しました。

兄が私のことを噂するときの私の呼び名は「クソ」でした。

こういうことを

妹にしていることを知っているくせに、母親は

何もしなかったんです。今私に恨まれて当然だなと思います。

 

冷やしラーメン

ある土曜日のことでした。

夏の暑い日で、小学校が午前中だけあって

帰ってくると当たり前に両親はいません

兄と弟が居ました。

 

弟に何が食べたいか聞くと

「冷やしラーメンの具の入ってないやつ!」

当時、私も弟も冷やしラーメンの麺とつゆが好きで

具が邪魔だなと思っていました。

 

早速つくりはじめました。

が、私は正直兄の分を作るかどうかということで思いました。

 

いつもだったら食べる段階で親が居て

兄に作らないと怒られるため嫌々作っていました。

が、昼飯なら親が帰ってきて食べることはないな…

 

昼飯くらい自分でなんとかしろや

お前に昼飯まで文句言われるなんてまっぴらなんだよ!

 

という訳で、私は初めて兄の分を作らないという選択を

したのです。

まだ4、5歳くらいだった弟はおいしいおいしいと食べてくれました。

私達は二人でたらふくラーメンを食べて、食器も洗って証拠を隠滅しました。

 

しばらくすると兄が食卓テーブルを見に来ました。

私はほくそ笑みながら「お前のは無いぞばーか」と思っていました。

 

やってやった!そうその時は思っていました。

 

しかし、虐げられたままでは終わらないのが兄でした。

 

 

(次で終わります。)

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